季節外れにお化けの話でもしてみる

こんにちは。阿佐ヶ谷という文字列を見ると、阿佐ヶ谷姉妹の歌声が脳内に流れる飛鳥たぐいです。

それ以外の阿佐ヶ谷が、私の脳内の引き出しに存在しないためだと思われます。

 

今日はお化けのお話ですね(なんでだろうね)。

お化けがいるかいないか問題は、それぞれのお化けの定義が異なるから生じる問題で、定義を一つに決定すれば、自明なのではないかと考えている人間です。

 

ただ、いるいない関係なく、お化けを怖いと考える人は一定数いますよね。

それはなんでだろってお話です。

お化け怖いって、どういう状態?

お化けが怖いって、とても平和な考えだと思うんですよ。

例えば戦時中で、明日食べるものがない、住む場所が全焼した、みたいなときに「お化け怖い」とか言ってられないわけです。

そんなことに脳を使っていられないわけですね。

 

もっと身近な話をすると、朝、学校に着いたときに自分の机が廊下に出されていたらどうですか?

職場でもいいんですけど。

自分の机だけ廊下に出されているんです。

 

何かあったのかと教室を覗いてみても、誰も目を合わせようとしない。

それどころか、教室のそちこちから、くすくす笑い声が聞こえてくるんです。

机じゃなくてもいいですよ。体育着とか筆箱とか、教室に置きっぱにしているものでいいです。

朝じゃなくて、休み時間が終わる頃のお話でもいいです。

自分のものが廊下に出されていて、誰も近くにいないし誰もこちらを見ない。

 

ほら、怖くないですか?

めちゃくちゃ怖いんですけど。えっと、これ通じてます?

 

何が言いたいのかというと、こういうことが日常的に起きている状態で「あーお化け怖いなー」とはならないと思うんですよ。

だからやっぱり、とても平和な考えなんです。

お化けという仮想敵

個人的な見解なのですが、美人の「お化け怖い率」は高い気がします。

イケメンにも多い。

どちらかというと、恵まれている人間に多い感覚だと思います。

 

恵まれていても、生きていれば不安に思うことがあるはずです。

具体的なものではなく、このままでいいのだろうかというような漠然とした不安です。

これは誰にでもあると思います。

風邪をひいていたり、疲れていたりして、身体や精神が弱まっているときに脳裏にをよぎったりします。

 

具体的な不安であれば、細分化して一つずつ処理していくことができます。

完全に解決できるかはわかりませんが、不安を減らす方向を目指すことができます。

これをやらずに、ただ何かの悪口を延々と言っている人もいますね。

誰かを攻撃して憂さ晴らししている人もいます。

 

良いか悪いかの議論は置いておいて、具体的な不安であれば、上記のように何かしら行動を返せるのです。

 

ただ、何かわからない漠然とした不安は厄介です。

何をしたら良いのかわからない。

 

そういう時に仮想敵を作っているから、「お化け怖い」という話になるんじゃないかなと思うんです。

恵まれた人って、敵が少ないんですよ。

 

「嫉妬したアンチとかいるだろう」と思うかもしれませんが、本当に恵まれている人にとって、それは敵にならないんです。

喧嘩や争いって、レベルが近い人同士としかできないですからね。

 

人間の脳は優秀ではあるんですが、平和で容量が余ってしまうと余計なことを考えたり幻想が生まれたりするんだと思います。

暇すぎるより、ある程度動いていて忙しい方が気持ちは安定するかもしれませんね。